発行・運営
日本建築塗装職人の会
人が来ないと嘆く前に、選ばれる会社へ変わろう
「うちには、なかなか人が来ないんですよね」
地域の工事店を経営する親方から、よく聞く言葉です。
そして、そのあとには決まって、こんな質問が続きます。
「どの求人媒体に出せば来ますか」
「給与をいくらにすれば応募されますか」
「若い人は、どこで仕事を探しているのでしょうか」
もちろん、求人媒体の選び方も、給与や休日などの条件も大切です。
しかし私は、その質問をする前に、考えていただきたいことがあると思っています。
もし応募者が明日、あなたの会社へ見学に来たとしたら、その人は「ここで働きたい」と思うでしょうか。
社長の話を聞き、社員の表情を見て、現場や車両、道具置場、事務所の様子を見たうえで、自分の将来をこの会社へ預けたいと思うでしょうか。
採用とは、人を探すことだけではありません。
働く人から選ばれる会社になることです。
採用について相談されたとき、私はときどき、結婚に置き換えて考えていただきます。
奥様と結婚しようとしたとき、最初に考えたのは「どの媒体を使えば結婚相手が見つかるか」ということだったでしょうか。
どのような条件を提示すれば、自分と結婚してくれるのか。それだけを考えたでしょうか。
おそらく、そうではなかったはずです。
自分を少しでも良くしようと努力し、相手に喜んでもらえることを考え、相手の人生を大切にしたいという気持ちを、態度で示したのではないでしょうか。
採用も、それとよく似ています。
会社側は、つい「どうすれば応募してもらえるか」と考えます。
しかし応募者もまた、この会社は自分を大切にしてくれるのか、ここで成長できるのか、この社長を信じてよいのかと、真剣に会社を見ています。
会社だけが人を選んでいるのではありません。
会社もまた、人から選ばれているのです。
求人票の文章をきれいに整えることはできます。
「アットホームな職場です」
「未経験でも丁寧に教えます」
「やりがいのある仕事です」
「若手が活躍しています」
こうした言葉を書くこと自体は難しくありません。
しかし、会社の日常がその言葉と違っていれば、入社した人にはすぐに分かります。
質問すると嫌な顔をされる。
教え方が人によって違う。
失敗すると皆の前で怒鳴られる。
休みを取りたいと言い出せない。
頑張っても、何を評価されているのか分からない。
将来、どのくらいの所得や役割を目指せるのか見えない。
そのような状態で、「うちは人材を大切にしています」と書いても、人は残りません。
採用の問題は、応募者数だけでは判断できません。
入社した人が安心して働き、成長し、数年後にも「この会社を選んでよかった」と思えて、初めて採用は成功したと言えます。
求人広告は、会社の中身を変えるものではありません。
会社の中身を外へ伝えるものです。
だから、求人広告を出す前に、伝えるに値する日常をつくる必要があるのです。
給与は重要です。
休日や勤務時間、福利厚生、安全な職場環境も、曖昧にしてよいものではありません。
「職人の世界は厳しいものだ」という言葉で、待遇整備の遅れを正当化することもできません。
しかし、人が会社を選ぶ理由は、条件だけではありません。
この仕事を覚えた先に、どのような自分になれるのか。
困ったとき、誰が相談に乗ってくれるのか。
自分の努力を、誰が見てくれているのか。
家族を持ったあとも、安心して働き続けられるのか。
この仕事は、誰の役に立っているのか。
人は、自分の時間だけでなく、人生の一部を会社へ預けます。
だからこそ、給与の金額と同じくらい、その会社で働く意味と未来を見ています。
特に小さな会社では、社長の存在が会社そのものです。
社長が社員をどのように呼ぶか。
失敗した社員へ、どのように接するか。
約束したことを守るか。
自分だけ特別扱いしていないか。
お客様や協力業者へ、どのような態度を取るか。
社長の日頃の姿が、どれほど立派な求人文章よりも、会社の本当の価値を伝えています。
人口減少や若者の建設業離れなど、会社だけでは解決できない環境変化もあります。
しかし、すべてを外部環境のせいにしてしまえば、会社は何も変わりません。
「最近の若者は根気がない」
「すぐに休みたがる」
「昔の職人は、見て覚えたものだ」
「せっかく育てても、すぐ独立してしまう」
そう言いたくなる気持ちも分かります。
けれども、若者を批評するだけでは、若者に選ばれる業界にはなりません。
教えてもらえないことを「修業」と呼び、将来が見えないことを「下積み」と呼び、長時間働くことを「根性」と呼んできた部分がなかったでしょうか。
かつては当たり前だった働き方でも、今の時代には見直さなければならないものがあります。
時代に合わせるとは、仕事を甘くすることではありません。
一人前になるために必要な厳しさと、意味のない苦しさを分けることです。
技術の基準は下げずに、教え方を変える。
責任感は求めながら、安心して質問できる環境をつくる。
努力を求めるだけでなく、その先にある成長や待遇を示す。
そのような会社の変化が、人材不足を乗り越える第一歩になります。
では、働く人から選ばれる会社には、何が必要なのでしょうか。
私は、少なくとも次の五つを整える必要があると考えています。
未経験者が、何をどの順番で覚えるのか。
一人で任せられるようになるまで、誰が教えるのか。
技術を身につけたあと、職長、現場管理、教育担当など、どのような役割を目指せるのか。
「見て覚えろ」だけではなく、成長の道筋を示すことが必要です。
一人前とはどのような状態なのかを言葉にできれば、本人も目標を持って努力できます。
社員は、会社の売上をつくるための部品ではありません。
それぞれに生活があり、家族があり、目指している人生があります。
名前を呼んで挨拶をする。
意見を最後まで聞く。
人前で人格を否定しない。
家庭の事情にも可能な範囲で配慮する。
良い仕事をしたときには、具体的に認める。
特別な制度の前に、このような日々の接し方が、会社への信頼をつくります。
今月の給与だけでなく、三年後、五年後にどのような役割と所得を目指せるのか。
結婚しても、子どもが生まれても、年齢を重ねても働き続けられるのか。
社員は、経営者が考えている以上に、自分の将来を見ています。
会社の未来を語るだけではなく、その未来の中で社員がどう活躍するのかを示す必要があります。
塗ること、直すこと、つくることだけが、職人の仕事ではありません。
住まいを長持ちさせる。
家族の暮らしを守る。
災害に強い地域をつくる。
空き家の再生に関わる。
地域の技術を次代へ残す。
自分の仕事が誰の役に立っているのかを知ると、仕事への誇りが生まれます。
社長には、目の前の作業と社会的な意味を結びつけて伝える役割があります。
「社員を大切にする」と言いながら、約束した面談を何度も延期する。
「挑戦してほしい」と言いながら、失敗すると強く責める。
「皆で良い会社をつくろう」と言いながら、大切なことを社長一人で決めてしまう。
これでは、社員は社長の言葉を信じなくなります。
完璧な社長である必要はありません。
間違えたときには謝り、できないことは正直に認め、約束したことを一つずつ実行する。
その積み重ねが、「この人と一緒に働きたい」という信頼になります。
会社を整える前に、まず社長自身を整える。
私は、それが採用の出発点だと考えています。
自分は、社員の話を聞いているだろうか。
感情に任せて叱っていないだろうか。
社員の成長を待てているだろうか。
会社の未来を、自分の言葉で語れているだろうか。
社員の人生にも責任を持つ覚悟があるだろうか。
社長が変われば、社員との関係が変わります。
社員との関係が変われば、会社の空気が変わります。
会社の空気が変われば、職場見学へ来た人の受け取る印象も変わります。
応募者は、会社の空気を意外なほど敏感に感じ取ります。
社員同士の挨拶。
社長と社員の会話。
道具の扱い方。
事務所の整理。
現場へ向かう人たちの表情。
その一つひとつが、言葉にされていない求人広告なのです。
求人広告を出す前に、今働いている社員へ聞いてみるのもよいでしょう。
「この会社へ入って、よかったことは何ですか」
「入社前に不安だったことは何ですか」
「今、働きにくいと感じていることはありますか」
「友人へ、この会社を勧められますか」
「もっと良い会社にするために、何を変えたらよいと思いますか」
耳の痛い意見が出てくるかもしれません。
しかし、その言葉の中に、採用改善の答えがあります。
現在の社員が人へ勧めたくない会社を、求人広告だけで魅力的に見せることには無理があります。
反対に、社員が自分の友人や家族へ勧められる会社になれば、採用は大きく変わります。
社員の紹介による応募は、単なる募集経路の一つではありません。
社員が「ここなら大切な人を預けられる」と判断した証しでもあるからです。
採用が難しくなると、つい応募数を増やす方法ばかり探してしまいます。
しかし、本当に必要なのは、たくさんの人を集めることではありません。
会社の考え方に共感する人と出会い、その人が成長し、誇りを持って長く働ける環境をつくることです。
求人媒体を変える前に、会社の日常を見直す。
条件を書く前に、社員の未来を考える。
応募者へ選考基準を示す前に、自分たちは選ばれる会社なのかを問う。
採用活動とは、会社の生き方を外へ見せる活動です。
そして、最も強い採用メッセージは、上手につくられた言葉ではありません。
今いる社員が、生き生きと働いている姿です。
人が来ないと嘆く前に、人が来たくなる会社へ変わる。
人を採る前に、人を大切にできる社長になる。
人を集める前に、その人が人生を預けたくなる会社をつくる。
遠回りに見えるかもしれません。
しかし、それこそが人手不足の時代にも選ばれ、職人が育ち、技術が次の世代へ受け継がれていく会社をつくる、最も確かな採用活動なのだと思います。
工事店経営の支援に20年以上携わり、これまで700社を超える経営に向き合ってきました。経営、職人育成、建築業界、地域社会の現場で見えてきたことを、親方社長へ向けて発信します。
会社は変わる。
読んで終わりではなく、自社の経営で一つずつ実践する。地域に選ばれ、次の世代へ残る会社づくりを、さらに深く学べます。




