独立を勧めるだけでは、職人の未来を守れない

親方タイムズ|親方・経営論親方と、小さな会社の未来を考える業界新聞。

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日本建築塗装職人の会

人を育てる経営

独立を勧めるだけでは、職人の未来を守れない

「お前も仕事を覚えたら、一度は自分でやってみろ」

職人の世界では、昔からこのような言葉が語られてきました。

技術を身につけ、自分の看板を掲げ、自ら仕事を取り、家族を養っていく。

独立して一人前になることは、多くの職人にとって憧れであり、親方にとっても弟子の成長を示す誇らしい出来事だったのでしょう。

独立という道を否定する必要はありません。

経営者としての志と覚悟を持ち、地域に必要とされる会社をつくることは、立派な挑戦です。

しかし、職人の成功を「独立」の一つだけにしてよいのでしょうか。

誰もが経営者になりたいわけではありません。

優れた技術を持つ人が、優れた経営者になれるとも限りません。

独立だけを職人の成功モデルとして教え続ければ、会社は優秀な人材を失い、職人本人も、望んでいなかった経営の重荷を背負うことになります。

職人の未来を守るために必要なのは、独立を勧めることだけではありません。

会社に残りながら、親方として成長し、誇りと安定のある人生を築ける道をつくることです。

親方の言葉が、無意識に独立を勧めている

代表親方に、社員を追い出すつもりはありません。

むしろ、成長してほしい、自立した人間になってほしいという愛情から、次のような言葉をかけます。

「職人なら、いつかは自分の看板を持て」
「いつまでも人に使われていてはいけない」
「独立すれば、稼いだ分だけ自分のものになる」
「俺も若い頃に独立したから、今がある」
「仕事は出してやるから、一人でやってみろ」

これらの言葉は、社員の挑戦を応援しているように見えます。

しかし同時に、

この会社に残ったままでは、一人前にはなれない

というメッセージにもなっています。

社長自身が、独立を成功と考え、社員でいることを途中段階のように語れば、優秀な職人ほど外へ出ようとします。

そして社長は、退職の相談を受けたあとで言います。

「せっかく育てたのに辞めてしまった」
「最近の若者は恩を感じない」
「技術を覚えると、すぐに独立する」

けれども、社員に独立の夢だけを見せ、会社に残る未来を示してこなかったのは、会社側でもあるのです。

独立後に待っているのは、職人仕事だけではない

腕の良い職人であれば、独立後も仕事ができると思うかもしれません。

しかし、経営者になると、施工以外の仕事が一気に増えます。

集客する。
問い合わせへ対応する。
現地調査をする。
見積書をつくる。
契約内容を説明する。
材料を発注する。
工程を管理する。
請求と入金を確認する。
原価と資金繰りを見る。
税金や保険へ対応する。
苦情や手直しの責任を負う。

社員時代には会社が担っていた仕事を、すべて自分で行わなければなりません。

施工中にも電話が鳴り、夜になってから見積書をつくり、休日には次の現場を確認する。

「職人として自由に働きたい」と思って独立したのに、職人仕事へ集中できなくなる場合もあります。

さらに、一人では病気やけがをしたときの代わりがいません。

仕事が多すぎても対応できず、少なければ生活が不安定になります。

独立すれば、必ず収入が増え、自由になるわけではないのです。

技術力と経営力は、別の力である

良い施工ができることと、会社を経営できることは同じではありません。

技術力は、材料や道具を正しく扱い、現場を安全に進め、品質をつくる力です。

経営力は、仕事を適正な価格で受注し、利益を残し、人を育て、資金を管理し、会社の将来をつくる力です。

どちらが上ということではありません。

役割が違います。

ところが、職人の世界では、技術を身につけた次の段階として、当然のように独立を勧めることがあります。

本人が経営に向いているのか。

お客様を獲得できるのか。

数字や管理を学ぶ意思があるのか。

家族も独立を望んでいるのか。

そもそも本人は、経営者になりたいのか。

こうしたことを確かめずに独立を勧めるのは、本人の未来へ責任を持った助言とは言えません。

技術を極める道と、経営を担う道は、分けて考える必要があります。

独立者が増えるほど、業界が強くなるとは限らない

一人親方や小規模事業者には、柔軟性と機動力があります。

専門的な技術を持ち、自分の裁量で丁寧な仕事を続けている人も多くいます。

しかし、業界全体が細かく分かれ続けることには課題もあります。

一社ごとの教育力が弱くなる。
若手を継続的に雇いにくくなる。
安全、労務、品質管理が個人任せになる。
技術が本人の中だけに残る。
病気や高齢化によって、そのまま廃業する。
災害時や大型案件に、組織として対応しにくくなる。

職人が育つたびに独立し、会社には新人しか残らない。

その新人も育てば独立する。

この循環では、会社に技術と経験が蓄積されません。

代表親方は何歳になっても現場と教育を抱え、組織はいつまでも育たないままになります。

職人の技術を社会へ残すには、個人の腕だけでなく、組織の中に知識、施工基準、教育方法、顧客関係を蓄積する必要があります。

会社に残ることが、誇りになる道をつくる

社員へ「独立しないでほしい」と言うだけでは、人は残りません。

会社に残ることで、どのような未来が得られるのかを示す必要があります。

技術を高めれば、どのように評価されるのか。
どのくらいの所得を目指せるのか。
どのような権限を持てるのか。
年齢を重ねても活躍できるのか。
後輩を育てる役割を担えるのか。
会社の経営や将来へ関われるのか。

これらが見えなければ、職人は独立によってしか未来を変えられないと考えます。

社員でいることを、社長の指示どおりに作業する立場のままにしてはいけません。

現場を任せる。

お客様との関係を任せる。

後輩の教育を任せる。

一定の範囲で、原価や工程の判断を任せる。

責任とともに権限を渡し、その役割にふさわしい待遇を整える。

会社の中でも、自分の仕事をつくり、自分の判断で仲間を動かせるようになれば、職人は雇われているだけではなくなります。

社員親方という選択肢

会社を経営する親方だけが、親方ではありません。

社員として会社に所属しながら、現場、品質、人材、お客様へ責任を持つ人も親方です。

私は、そのような人を「社員親方」と呼びたいと思います。

社員親方は、代表親方の補助ではありません。

一つの現場やチームを任され、会社の理念を現場で実現する責任者です。

職人として高い技術を持つ。
安全と品質を管理する。
後輩へ技術を教える。
お客様へ施工内容を説明する。
協力業者と連携する。
利益や工期にも意識を持つ。

これらを担う人には、それにふさわしい権限、評価、待遇が必要です。

経営責任を負う代表親方。

組織の中で現場と人を育てる社員親方。

自らの専門性と事業を担う一人親方。

どれか一つだけを正解にするのではなく、それぞれの志向と能力に合った道を選べる業界にすることが大切です。

職人のキャリアを一本の階段にしない

職人の成長を、

見習い

職人

一人前

独立

という一本の階段だけにしてはいけません。

一人前になったあとには、複数の道が考えられます。

技術を極める道

難しい施工や特殊な技術を担い、社内の技術基準を高める専門職です。

人を管理することが得意でなくても、技術によって会社へ大きく貢献できます。

現場をまとめる道

工程、安全、品質、協力業者を管理し、チームで良い仕事を完成させる現場責任者です。

若手を育てる道

新人教育、技能指導、施工基準づくりを担い、会社の技術を次の世代へ渡す教育者です。

お客様を守る道

点検、住宅診断、アフターサービス、修繕提案などを担い、長期的な顧客関係をつくる役割です。

経営へ参加する道

幹部として採用、利益管理、新規事業、組織運営へ関わり、将来の代表者や経営チームを目指す道です。

能力や希望が違えば、目指す役割も違ってよいのです。

複数の道を用意することで、優秀な職人が独立以外にも自分の未来を見つけられるようになります。

給与だけでなく、権限と承認が必要である

人材定着の話になると、給与を上げればよいと考えられがちです。

適正な給与は、もちろん必要です。

家族を養い、安心して暮らせる所得がなければ、職人として長く働けません。

しかし、人はお金だけで会社に残るわけではありません。

自分の技術が認められている。

重要な仕事を任されている。

意見が会社の経営に反映される。

後輩から頼られ、お客様から感謝される。

自分が会社の未来に必要とされている。

この実感も必要です。

責任だけを増やし、決定権を与えない。

役職名だけをつけ、待遇を変えない。

社長が最後にはすべて覆してしまう。

これでは、本当の社員親方は育ちません。

役割、責任、権限、評価、待遇を一つの組として設計する必要があります。

独立を止めるのではなく、選べる状態をつくる

独立を希望する社員を、力ずくで引き止めることはできません。

本人に明確な志があり、経営者として挑戦したいのであれば、その道を応援することも必要でしょう。

大切なのは、独立しか未来がない状態から、複数の未来を選べる状態へ変えることです。

会社に残れば、技術を極められる。

社員親方としてチームを持てる。

後輩を育てられる。

経営へ参画できる。

安定した生活を守りながら、職人として高い所得と社会的評価を目指せる。

そのうえで本人が独立を選ぶのであれば、覚悟に基づいた選択です。

しかし、会社に残っても未来がなく、独立することでしか待遇や裁量を変えられないのであれば、それは自由な選択とは言い切れません。

会社側が職人の未来を狭くしている可能性があります。

組織で技術を残すという責任

優れた職人の技術は、その人一人の財産であると同時に、社会の財産でもあります。

その技術が本人の引退とともに失われれば、地域の住まいを守る力も弱くなります。

だからこそ、会社には技術を組織として残す責任があります。

施工方法を写真や動画に残す。
判断基準を言葉にする。
若手と一緒に現場へ入り、理由まで教える。
技術を教えた職人を正しく評価する。
一人にしかできない仕事を、複数人ができる状態へ変える。

個人の腕を会社が奪うのではありません。

一人の職人が築いた技術を尊重し、その人の名前と功績を残しながら、次の世代へ渡していくのです。

職人が独立するたびに会社がゼロから育成を始める業界から、組織の中に技術が積み重なっていく業界へ変わる必要があります。

職人を育てるとは、居場所をつくること

職人を育てるとは、施工ができるようにすることだけではありません。

その人が技術を身につけたあとも、誇りを持って働ける役割をつくることです。

若いうちは、現場で技術を学ぶ。

経験を重ねたら、一つの現場を任される。

さらに成長したら、チームを率い、後輩を育てる。

年齢を重ねたら、検査、教育、診断、顧客対応へ経験を生かす。

本人が望み、資質があれば経営へ参加する。

そのような道が見えれば、職人は会社の中で人生を築けます。

独立を勧めることだけが、職人の自立ではありません。

会社の中で責任を持ち、経済的にも精神的にも自立した社員親方を育てることも、立派な職人育成です。

職人を育てるとは、いつか会社から出ていく人をつくることではありません。

その人が生涯、技術と誇りを持って働ける居場所と役割をつくること。

そして、職人一人ひとりの技術を、会社と地域の未来へ残すことなのです。

発行人・日本建築塗装職人の会 会長
青木 忠史

地域で真面目に働く小さな会社や職人が、正当に評価され、次の世代へ残っていく社会をつくりたい。

工事店経営の支援に20年以上携わり、これまで700社を超える経営に向き合ってきました。経営、職人育成、建築業界、地域社会の現場で見えてきたことを、親方社長へ向けて発信します。

経営指導20年以上支援実績700社超『百年企業の作り方』著者社会文化功労賞
LEARN AND ACT
気づいた親方から、
会社は変わる。

読んで終わりではなく、自社の経営で一つずつ実践する。地域に選ばれ、次の世代へ残る会社づくりを、さらに深く学べます。

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