発行・運営
日本建築塗装職人の会
売上至上主義の工事店が、最後に失うもの
「今年は、売上をどこまで伸ばすか」
経営者にとって、売上は重要な数字です。
売上がなければ、社員へ給与を支払うことも、道具や車両を整えることも、技術を次の世代へ残すこともできません。
会社を存続させ、社員とその家族を守り、お客様への責任を果たすためには、適正な売上と利益が必要です。
ですから、売上を追うこと自体が悪いわけではありません。
問題は、何のために売上を追っているのかが分からなくなることです。
「昨年より増やしたい」
「地域で一番になりたい」
「同業者に負けたくない」
「会社を大きく見せたい」
そうして、売上の数字そのものが経営の目的になったとき、会社は少しずつ大切なものを失い始めます。
しかも、その変化は、売上が伸びている間には見えにくいものです。
受注は増えている。
現場も埋まっている。
職人は毎日忙しく働いている。
外から見れば、順調に成長している会社に見えます。
ところが、決算を迎えてみると、思ったほど利益が残っていない。
資金繰りには余裕がなく、社長は支払いに追われ、社員は疲れ切っている。それでも次の現場を取らなければ会社が回らない。
売上が増えているのに、なぜ会社は楽にならないのでしょうか。
その原因の一つは、「売上をつくること」と「利益を残すこと」を、同じだと思ってしまうことにあります。
一千万円の工事を受注しても、必要な原価、工数、管理費が正しく見えていなければ、会社には利益が残りません。
値引きをして受注し、無理な工期を引き受け、予定以上の人工をかけ、追加作業を無償で行えば、売上高は増えても会社の力は弱くなります。
売上とは、会社を通過したお金です。
その仕事によって、どれだけの価値をお客様へ提供し、どれだけの利益を残せたのか。その利益を、社員、設備、教育、品質、将来へどう還元したのか。
そこまで見なければ、経営を見ていることにはなりません。
売上だけを優先する経営を続けると、会社の中では五つの崩壊が始まります。
売上目標を達成するために、利益の薄い仕事でも受注するようになります。
相見積もりになれば値引きをし、原価が上がっても価格へ十分に反映できず、「まず仕事を取ること」が優先されます。
しかし、安く受注したしわ寄せは、どこかへ必ず現れます。
社員の給与、教育時間、設備投資、材料、施工時間、アフターサービス。
価格を守れない会社は、やがて自社の品質と働く人の生活を守れなくなります。
受注量が、会社の施工能力を超えていきます。
現場監督は複数の案件を抱え、職人は次の現場に追われ、十分な確認や打ち合わせができなくなります。
工程の遅れを取り戻すために作業を急ぎ、清掃や報告などの基本動作が疎かになる。
一つひとつは小さな乱れでも、それが重なると、手直し、クレーム、事故につながります。
良い仕事をするための時間まで削って売上を増やしているのなら、それは成長ではありません。
将来の信用を、今日の売上へ換えているだけです。
売上至上主義の会社では、社員の価値も数字で測られやすくなります。
何件受注したか。
いくら売ったか。
何現場こなしたか。
数字は評価に必要です。
しかし、数字だけを評価すれば、後輩へ技術を教える人、難しい現場を支える人、お客様の小さな不安に気づく人、現場をきれいに保つ人など、会社の土台をつくっている働きが見えなくなります。
社員は「良い仕事をしたか」ではなく、「どれだけ数字をつくったか」だけを考えるようになります。
やがて、会社のために協力するより、自分の実績を守ることを優先するようになります。
社員を数字をつくる部品として扱った会社は、最後には社員からも、会社を給与を得るだけの場所として扱われます。
目標達成のために受注を急ぐと、お客様の本当の希望を聞く前に、契約を取ることが目的になります。
本来は必要のない工事を勧める。
都合の悪いことを十分に説明しない。
契約後は次の見込み客へ意識が移る。
工事後の相談には時間を使わなくなる。
このような対応が続けば、お客様との関係は、一回限りの売買になります。
地域密着の工事店にとって、本当に価値があるのは、一度の大きな売上だけではありません。
何かあれば思い出していただけること。
家族や近所の方へ紹介していただけること。
十年、二十年と住まいの相談を任せていただけること。
目の前の売上を急ぐあまり、長く続く顧客関係を失ってはならないのです。
最も気づきにくいのが、社長自身の変化です。
売上が会社の目的になると、数字が伸びているときだけ安心し、止まると強い不安を感じるようになります。
社員の成長やお客様の喜びよりも、月末の受注額が気になる。
家族と過ごしていても仕事が頭から離れない。
前年を超えても、また次の目標が現れ、いつまでたっても満たされない。
会社を守るために始めたはずの経営が、いつの間にか社長の人生そのものを追い立て始めます。
売上至上主義が最後に奪うものは、お金ではありません。
何のために会社を経営しているのかという、社長自身の目的です。
売上が伸び、現場が忙しいと、会社の問題は見えにくくなります。
忙しいから利益が出ているはずだ。
仕事が多いから、お客様に評価されているはずだ。
社員が残業しているのは、成長している証拠だ。
そう思い込んでしまいます。
しかし、忙しさと健全な経営は同じではありません。
手直しが多いから忙しいのかもしれない。
段取りが悪いから時間が足りないのかもしれない。
安く受注しているから、多くの現場をこなさなければならないのかもしれない。
社長に判断が集中し、社員が動けないから忙しいのかもしれない。
忙しいときほど、一度立ち止まって見る必要があります。
工事ごとの粗利益は残っているか。
予定した人工数で完了しているか。
手直しや無償対応が増えていないか。
社員の休日や家族との時間を犠牲にしていないか。
お客様へ十分な説明と報告ができているか。
工事後も相談していただける関係が残っているか。
売上高だけでは見えない数字と、数字にも現れにくい変化の両方を見ることが、経営者の役割です。
では、売上をどのように考えればよいのでしょうか。
まず、会社として何を守り、何を実現したいのかを明確にすることです。
お客様へ、安心できる工事を届ける。
社員とその家族の生活を守る。
職人が長く働ける環境をつくる。
技術を次の世代へ継承する。
地域の住まいを守る。
会社を、自分の代だけで終わらせない。
こうした目的を実現するためには、いくらの利益が必要なのか。
適正な給与を支払うために、どれだけの粗利益が必要なのか。
教育、採用、車両、設備、アフターサービスへ投資するには、どれだけの売上が必要なのか。
この順序で考えれば、売上目標は単なる競争の数字ではなくなります。
守るべきものを守り、実現したい未来へ進むための具体的な目標になります。
職人の中には、利益を多く得ることに、どこか後ろめたさを感じる人もいます。
良心的な会社ほど、お客様の負担を考え、価格を抑えようとします。
しかし、適正な利益を残せなければ、良い仕事を続けることはできません。
職人へ十分な給与を支払えない。
若い人を採用して育てられない。
良い道具や安全設備を導入できない。
不具合が起きたときに、責任を持って対応できない。
災害時や地域の困り事にも動けない。
利益とは、社長だけが豊かになるためのお金ではありません。
会社が将来の責任を果たすために、残しておかなければならない力です。
良い仕事を適正な価格で提供し、適正な利益を残し、その利益を社員、お客様、技術、地域の未来へ還元する。
それが、健全な経営です。
売上を軽視してよいわけではありません。
理念だけを語り、利益を残せなければ、会社は続きません。
反対に、売上だけを増やし、理念、品質、人材、信用を失えば、何のために続いている会社なのか分からなくなります。
大切なのは、売上と理念を対立させないことです。
理念を実現するために、売上をつくる。
社員を守るために、利益を残す。
良い仕事を続けるために、適正な価格をいただく。
地域への責任を果たすために、会社を強くする。
この順序を守ることです。
経営者が本当に見るべきなのは、売上の大きさだけではありません。
その売上を、どのようにつくったのか。
その過程で、誰かを犠牲にしていないか。
利益を、何のために使ったのか。
会社は昨年よりも、良い会社になったのか。
売上は、会社の目的ではありません。
お客様を守り、社員を育て、技術を残し、地域に必要とされ続けるための力です。
数字を大きくすることだけを競うのではなく、数字の向こう側にある、人と暮らしと未来を見る。
売上至上主義から離れるとは、成長を諦めることではありません。
何のために成長するのかを、もう一度取り戻すことなのです。
工事店経営の支援に20年以上携わり、これまで700社を超える経営に向き合ってきました。経営、職人育成、建築業界、地域社会の現場で見えてきたことを、親方社長へ向けて発信します。
会社は変わる。
読んで終わりではなく、自社の経営で一つずつ実践する。地域に選ばれ、次の世代へ残る会社づくりを、さらに深く学べます。



